序章
イントロダクション
1928(昭和3)年6月4日未明――中国大陸東北部、奉天郊外で列車事故が発生した。
事の真相は国民には知らされず「満洲某重大事件」と報道される。
それは、大陸への武力介入を目論む関東軍による長き軍事行動の前触れであった。
時は流れ昭和9年、
「満洲は日本の生命線」と喧伝されて久しい極東アジア。
中国大陸は混乱に陥り、陰謀と策略の空気に覆われていたが
帝都・東京は今なおかりそめの平和を享受していた……
物語
ストーリー
信州・松本から単身上京してきた駆け出しの怪奇小説作家、
夜刀小路
霧久
は一度聞いた怪談は決して忘れないという特技を持っている。
幼い頃聞かされ「決して人に語ってはならない」と言い含められた物語をあくる日、ふとした出来心から自作の連載誌に掲載したところ、麻布三聯隊よりの軍人が彼を訪ね面会を要求してきた。
そのただ事ではない気迫のするどさに社内は騒然とするが、次第に霧久の書いた小説が軍に問題視されているのではないかという嫌疑が浮上する。
ほうぼうのていでその場から逃げ帰った霧久は、自分の記憶の糸を手繰り寄せ、事の元凶・発端となった「物語」の出所を何とか思い出そうとする。
書庫の中、膨大な書物を前に途方に暮れていたとき、霧久の眼前に彼の祖父を
「
大
先生」と呼ぶ女中・ねねが現れた。何かを知る様子で、
「おそばに置いて下さい。きっとお役に立ちます」
と彼女は云うのだが……